もう [ぼやき]
なーんか。昔の自分とは違う。
若い頃が楽しかった。見た目もよかった。
いまは年をとって汚い顔になってきた(笑)
そんな自分に嫌気がさしてくる。
そんなん気にしてても仕方がないとはわかっているんだが。
なんとももういやになってくる。鏡で自分の顔を見たくない。
どうにも辛いねぇ。年はとりたくないネェ。
年をとっていいことってあるのかな。
きっと(というか当然)あるはずだと思ってるし、今の考え方はいいとは
思っていない。
年をとって悪いこともあればいいこともあると思ってる。というか思いたい。
年をとるにつれて塞ぎこんできている。
楽しくないな。どうにも。
そんな考え方をしているからよくないんだ、と言う人もいる。
考え方は人それぞれ。
前向きに生きたい。
そりゃあそれができるならそれに越したことはない。
んなこたわかってる。
でもうまくできない。
そんな気になれない。
んー。病んでる。
なんとかならんもんか。
疲れたわ、ほんまに。
はー。明日は何をしようかなぁ。
桜でも観に行こうか
2期連続 [仕事]
泣く子も黙る恐怖の言葉。
履行保証保険という保険がある。
官公庁から発注された公共工事などで、請負業者である受注者が工事を
するに当たって、関わってくる。
工事を請負ってから例えば請負業者が倒産などで工事を完成まで履行できない
場合に、保険会社がその損失を補填する保険である。
銀行の融資に似ており、一種の保証事業のような保険である。
融資のようなものと言ったのは、保険会社は与信枠を各企業に設定することであり、
それは決算書、TDBの評点から、いくらまでならこの会社に保証をしてあげてもいい
と判断するのである。(逆に言うと枠が多く出ればそこの企業は健全な経営状態であり
枠がほとんど出なければ破綻懸念先であるとも言える)
うちの会社の古くからの取引先で、直近会計年度で2期連続赤字になった。
完工高の7.5%くらいの赤が出ている。
金額的には大きくないのかもしれないが、2期連続赤字という現実が非情にのしかかる。
銀行でも破綻懸念先と言うところだ。これは金額の大小ではなく、連続で赤字になって
しまったという事実がショッキングである。
保険会社としては、そこの会社が工事を受注して、工事を請負ったにもかかわらず
倒産してしてしまうと保険金を支払わなければならない。そのため、年間限度額(与信枠)
を25,000千円から一気に5,000千円まで絞ると通達してきている。
これは大問題だ。決算をよくするためには工事を受注しなければならない、しかし
保証保険を手配できなければ、現金の保証金を積まなければならなく、それかもしくは
銀行に保証をしてもらう(銀行保証)を手配しなければならない。そうでなければ、落札したは
いいが、工事着工できない事態となり、最悪の場合、罰則規定にはまり、今後の受注環境に
一定の悪影響を与えてしまいかねない。
と、なれば保証保険をなんとしても引き受けてもらわないといけないのだが、これがうまくいかなく
なってしまうわけだ。枠をもらうためには決算をよくしなければならない。
決算を良くする為には仕事を受注しないといけない。そのためには保証保険がいる。
しかしその保険が手配できない。仕事が受けれない。決算がよくならない。赤字が膨らむ。
そして・・・、と負の連鎖に陥ってしまう。
・・・取引先に枠を絞られます、と通告するのはなんとも辛い現実だ。
2010年3月22日 [ぼやき]
なぜかはわからないけど、久しぶりに書いてみようかなと思う。
昔はミクシィとかしてたけど今は見もしていない。
仕事に忙殺される毎日でふと立ち止まる時っていうのがないんだろうねぇ。
この3月頭に生命保険ブローカー追試験を受けて95.5点で合格。
晴れて損保・生保ブローカーの資格を取得。とりあえず主だった試験はもうない。
入社2年と半年でここまで来た。
今の会社に入った当時の日記を見直していると、なんとなく微笑ましい。
若々しい。えーと26歳の時か。んー、もう今年で29歳になる。早いよねぇ・・・。
もうあっちゅう間にアラサー。この3年間、いろいろあった。
社会人になって今の会社に入るまで4年、その間もかなり大変だったけど、今の
仕事もなにかと大変。若さがもうなくなってきてるから体の方もきついし(笑)
その分、頭はよう働くようになったけどね。保険は難しいからな・・・。
今日車検。車を持ち込みにいってきた。
レガシィちゃんも購入してから今年で4年かぁ。レガちゃんと20代後半を過ごしてきて、
長い付き合いになってるねぇ・・・。
思えば前の彼女と付き合い始めたときにレガシィを購入。
いろんな思い出が詰まってる車だけになんともいえない愛着感がある。
今日も車検に出す時にちょっと寂しくなってしまって・・・。単に1週間程工場に預けるだけ
なのに、妙にもの哀しくなってしまった。
いつか廃車にする時なんか涙流してしまうのではないかと、今から思う。
とは言え、今の彼女とも思い出をたくさんこれから作っていきたいものだね。
二人とも家でゴロゴロすることが多いからあんまり遠出していない(^^;
今の彼女は非常に理解があって助かる。
仕事の理解、性格の理解、他人と自分の違いを理解してくれる。
あなたは何でそうなの!?とか言わないから付き合ってて楽。
これからも末永く仲良くやっていきたいと最近思う。結婚も近いかな。
仲立 [仕事]
なんか、始まり方がいつもこれのような気がするな・・・。
つまり、全然ブログ書いてないってことだな。
当分ブログ更新していない間に色々と変化があった。
仕事面でも変わってるし、プライベートでも。
この4月に異動がある。これが一番大きいかもしれない。自分の中でも。
今の代理店からブローカーの方に転任することに。代理店は普通に保険代理店業をやっている。
ブローカーは保険仲立人といい、保険会社の代理人ではなく、保険会社とは独立した職種、
お客さんの購買代理人というものである。(ホームロイヤーならぬホームインシュアラー・ホームブローカーか)
ブローカー制度は欧米では一般的で、日本の代理店制度は海外ではあまり見受けられない。
このブローカーの特徴は、独立した職種であるので、お客さんのニーズ・リスクに応じた保険を
ブローカーが設計、オーダーメイドすることが出来る点である。保険会社が売っている保険を
売るのではない。それぞれお客さんに応じた保険を作るのだ。
それを複数の保険会社に投げ、「この保険をいくらで引き受けてくれ」と、交渉するのだ。
そして、補償内容、金額、条件など一番有利な保険会社と契約を結ぶのだ。
全く日本の考え方では聞いたことがない仕組みである。
俺の会社の方針として、今後はブローカー方保険代理店に移行していこう、という考え方である。
しかし、なぜ俺なんだろう・・・。と思う。
ブローカーの方が若い人が多く、新進気鋭で、数字も良く出来ており、給料も高い。
その分、仕事内容、数字に対する評価はかなり厳しいと聞く。
代理店はおじさんが多く、女性も30~50代とちょっと平均年齢が高い。
そのような理由もあり、代理店は保守的な部分が多分に見受けられる。
良いか悪いかわからないが、その分歯車に入ってしまえば楽な部分がある。
果たしてこの俺でブローカーが務まるのか。
今の代理店の仕事でもまだ一人前にできもしていないのに。
俺に何を期待しているのか。
若手期待の星、とか周りからからかわれるけど、いやいや・・・仕事が出来ないくず星ですよ・・・。
自分の中では大きい出来事だ。
ブローカーに異動するということは今までとはガラッと雰囲気が変わるということだ。
海外出張も多い。代理店ではほとんど出張もないが、ブローカーは東京はもちろん、出張は多い。
今の仕事に変わってもうすぐ2年が経とうとしている。少し慣れてきた部分が出てきたので
少し楽になるかな、と思っていたのだが・・・。
ほんとに大変なのはこれからだな・・・。
2008-07-26
あぁ。もう1年か・・・。はやいなぁ。
俺は何とかやってるよ。
そっちの眺めはどう?
そっちからは何が見える?
前の会社で働いていた過去を忘れたことはなかったよ。
同期というかけがえのない仲間を知り合えたのも前の会社でだったしな。
みんな元気にやってるのかな?
ブログを書くのもおよそ半年振りくらいだな。
この半年くらい・・・いや、特にこの3~4ヶ月が言葉にならないくらい忙しい日々だった。
7時半、朝早く会社に行って、家に着くのは0時、23時とかそれくらいだ。
飯を食う気もしない、腹に入れるのは体に悪いたばこの煙だけ。
どうしてこんなに仕事が溜まるのか?
どうしてこんなに手際が悪いのか?
上司からはアドヴァイスのような叱責のような言葉。
なにをやってもビクビク失敗を恐れてしまう。
この作品は○○です [仕事]
2月13日のブログ。。。
あの客とはどうなったか。
あの後、すぐに上司に相談して指示を仰いだ。
その上司はそこの企業を昔担当していたので、担当者のことも関連会社のことも把握していた。
なので、そこは非常に助かった。ありがたかった。
まず、入ってるはずの保険の特約条項が適用されてないんじゃないのか?という所。
先方は入ってるはずになってるが、こちらそんな話は初耳。でも適用されてません。
で、そこの企業の契約を取ってきた人に聞いても、そんなことは初耳だ。と。
契約時にその情報を聞いてたら、ちゃんと特約はつけてるはずだ、と。
保険会社に確認してみても、そこは保険の対象外ですね。だって特約付帯してないですからね。
うん。だよな。つまり・・・事故があっても保険金下りないってことよね?全くその通りですよね。
となると、もともと初めからその特約を付けてなかったってことが明白だ。1999年から。
やっぱり俺の責任じゃない(笑)
適用の対象か対象外かははっきりした。
問題はそこを保険の適用にさせるために、割増保険料がかかるのかどうか、という点だ。
特約を付けることによって、今の契約に割増がかかるのか、ということだ。
そこをお客さんのほうも心配している。
で、結果をお客さんに伝える前に、まず保険会社に交渉してみる。
A:「割増をかけずに、特約を付帯させて欲しいんです。お客さんはもう9年!も前から
特約付いてると思ってたんだし。今更、さらに保険料多く払ってくれとは言えないですよ!」
保険会社:「確かにそうですよね~。まぁ、契約内容を見ても、事故率も低いし、保険料支払いも
滞ったこともないですし、おそらく割増しなくても大丈夫だと思います。それでOKです。」
との回答を頂いた。ラッキー。よかったぁ。これでとりあえずお客さんも納得してくれるだろう。
しかし、今回の件では、一方的に俺が悪いみたいに思ってる節が感じられたからなぁ~。
すんなり、割増なしでいけました、って言うのもなんか向こうにしたら当たり前のように思ってしまう
だろうから・・・。んんん・・・それはなんか癪にさわるな。向こうの勘違いだったから、こっちが謝って
割増なしで勘弁してください的なことを言うのが癪にさわるよな。と思い・・・
A「すいませぇん、社長さん、保険会社はこの件では割増かかるって言ってますわ。」
客「え~!?なんでですのん!?ずっとこんな高い保険料払ってるのにさぁ~。ほんとは今までの
かけすぎてた保険料を返してもらいたいくらいなのにさー」
A「(深くうな垂れて)そうですねぇ・・・。」
客「何やねんそれー。ワレァー」
A「・・・。」
客「はぁー。しかしやっぱり保険かけるには割増分払うしかないんやろー?」
A「(考えるふりをしながら)えぇ・・・。」
客「しゃあないわ、ほんまに。はぁ、で、なんぼくらいかかるんよ?」
A「・・・。わかりましたわ。」
客「ん?何が?」
A「保険会社と交渉してみますわぁ。(少し怒気を含んだ口調で)」
客「そ、そうか・・・?それはそ」
A「(遮って)もうちょっと時間ください。それでよろしいいでっか?」
客「お、・・・おぅ。」
といった感じで、打ち合わせ終了。
2~3日後に客に連絡。
A「○○さぁん。今回は交渉の結果、特別に割増なしでOKになりましたですわぁ。」
客「おお!そうかぁ!いやぁ~それはよかった!すまなかったね、わざわざ」
A「いえ、わしは当たり前の事をしたまでですから。(さらっと)」
「で、特約追加に関して、また申込書に判子もらわないといけないんですわぁ。」
客「そうか。わかった。またそれ郵送しといて。」
A[いえ。お持ちします。」
客「え?」
A「直接お持ちします。この件は最後まで私がきっちりカタァ付けておきたいんで。(竹内力風に)」
客「そ、そうか・・。わ、悪かったな・・・。」
A[二度とこんなことが起こらんようにせんとねぇ。こっちも商売ですさかいな」
客「そ・・・そだね」
・・・という感じになりました。
ながながと交渉してきた件がようやく片付きそうになりましたとさ。
そして、お客さんの担当Aはお客さんに対してこう言い放ちました。
「この作品は途中からフィクションです。」
劇終
罪深い生き物 [ぼやき]
あなたはキレたらほんとうに恐いでしょうね。
最近そう言われることがたびたびある。
誰もホントに怒った私を見たことはないのにね。
自分では、気は長いほうだと思っている。あくまでも、自分で思う限りでは。
忍耐強いほうだと思う。前職では、人を人とも思わないような上司にこき使われていたし。
切れたことは一度も無い。(たぶん)ムカついても表には出してない。(つもり)
最近私は、自分が本当に切れる時は一体どんなシチュエーションなんだろうか?と、考える。
どういうときに腹が立ちやすいのか。どういうことを言われたら許せないと思うのか。
何をされたら、この野郎、と叫ぶのか。非常に興味深いような、アブナイ人のような・・・。
ちなみに自分がこういうことをされたら、きっと烈火のごとく怒り狂うのではないか、と思うことがある。
車に損害を与えられること、だ。事故なら仕方ないが、 悪戯や車上荒らし、窃盗とかそういった類。
運良く(悪く!?)そういう現場を見つけたり遭遇したら、まず手か脚か出るんだろうな、と思う。
いや、何か物がその辺にあれば、ぶん投げてるかも。それって結局自分が非常に大切にしている
ものに損害を与えられることだから、みんな同じなんだろうと思う。それが車か家か、携帯電話か
物か人かはわからないけどさ。
物ならまだしも、大切な人なら尚更我を失うよな。でも、自分が大切に思う人が、傷つけら
れたりする場面をあえて考えることは少ない。だって一番考えたくないからね。本気で。恋人、
妻、夫、両親、・・・ましてや自分の子供とか!あぁ!考えるだけでも恐ろしい!!
ちょっとでも考えると、身震いして考えることを途中でやめてしまう。本当に考えたくないからね。
それって人間の本能だからだ。そして、逆に愛する人たちが傷つけられた時にはそれこそ本能で、
加害者をどうにかしたい衝動に駆られるんだろう。
そう考えると、人間誰でも怒れば恐い生き物なんだよね。
誰しもが犯罪者になる可能性だってあるわけだ。今日は裁いてる方でも、明日は裁かれてる
当事者かもしれないんだ。今日ブタ箱に入れられた人間を新聞で見てたとしても、明日は自分が
そこで臭い飯食ってるかもしれないんだ。そう考えると、人間は常に綱渡りをしている生き物だなと
つくづく感心してしまう。少しくらいなら持ち直せるが、大きくどうしようもなくバランスを崩してしまうと、
自分の力では抵抗できない程の引力に引き付けられてしまう。
常に心にゆとりを持ちたいものです。
あぁ・・・。
今日も朝の満員電車でブチ切れそうになり、汚い言葉で人を罵ろうとしかけた自分が、
今こんなクソ高尚なブログを書いてるなんて、一体誰が信じられるだろうか・・・(笑)
裁判員制度-小学校の頃に教わったように- [ぼやき]
韓国が初の陪審員制実施-大邱地裁
一般市民が陪審員として刑事裁判に参加し、判決に一定の影響力を与える「国民参与裁判(陪審員制)」が韓国で初めて導入され、話題になっている。司法に対する国民の不信を払拭(ふっしょく)するのが狙いで、来年五月までに同様の制度をスタートさせる日本からも検察関係者が傍聴した。
(ソウル・上田勇実)
韓国で初の陪審員制度実施
日本でも今ぼちぼちと話題にのぼっている、裁判員制度。アメリカでは陪審員制と呼ばれている。
韓国でも同様に制度が実施されたようだ。このニュースを見るまで、韓国の裁判のことなんて
知らなかった。しかし、韓国でも同様に実施されるというのは、世界的に見てやはり司法への
国民の不信感というものが強いのだろうか。
日本では来年の5月までに実施されるという裁判員制度。司法への不信、審議の長期化、
司法に対する無関心などまぁ、考え出したらキリが無いくらい理由は見つけられそうだ。
あと、裁判官の抱える審議の数が今の裁判官の数ではもうおっつかなくなってきてる、という
ことでもある。ちなみに司法試験の合格率は・・・
2006年に行われた第1回の新司法試験では、有受験資格者2125人中、合格者は1009人だった。合格率は48.35%となり、数%の合格率であった旧司法試験よりも数字上は大幅に競争が緩和された。また、2007年(平成19年)新司法試験の合格者数1851名であった(出願者数比合格率34.27%、有受験資格者数比合格率35.06%、受験者数比合格率40.18%)となった。旧司法試験では合格率が3%くらい!!と聞いたことがあるな・・・。おおお恐ろしいのぅ。
どれも確かにもっともらしい理由のように感じるし、あぁ、そうなんだ、というくらいでその
論説に納得してしまう。しかし、なんか、どう考えても後付けのような気がしてならないのは
はたして私だけだろうか。という風に考えると、(私の論説が正しいか間違っているかは別でね♪)
この理由で、裁判員制度が実施される理由はそういうことなんだ~。と違和感を感じないのは、
それだけ私が今まで興味が無かった話だからだろうな。
最近は仕事柄、裁判や訴訟、司法に関心が出てきている。
と言っても、保険の仕事だから法曹でもないし、裁判所に行った事があるかといわれれば
当然ない。うむ。ない。生で見てみたこともないし、裁判官を見たこともないし、ましてや
弁護士の知り合いも1人もいないのだ!いや、まぁ、知り合い程度ならいるか・・・。
アメリカ人の弁護士を。会社が世界的に著名な協会に加入していて、その協会つながりで
アメリカの弁護士とも提携を組んでるらしい。一度セミナーに行き、挨拶を交わした程度だが。
アメリカの陪審員制度が映画や小説の主題になることがある。
私の好きな作家にジョン・グリシャムという人がいる。『評決のとき』や『レインメーカー』
『法律事務所』『ペリカン文書』『依頼人』等々・・・。素晴らしい作品が山ほどある。
少し前に出た新刊『最後の陪審員』も非常に興味深かった。司法のことに焦点を合わせたもの
というよりは1960~1970年代のアメリカ南部の人種問題にスポットを当てている。
1961年からかの有名なマーティン・ルーサー・キング牧師がすすめた公民権運動により、
1964年に公民権法が施行され、人種問題が根深く残っていたアメリカ南部での白人と黒人
の微妙な空気を映し取った作品。初の黒人女性が陪審員に選出されるという話も。
とてもおもしろい。
・・・と、まぁ、誰も聞きたくない私の嗜好をつらつらと書いても仕方ないから本題に戻ろう。
要するに、裁判員制度は定着するのか、ということと、こんな、「司法の国民の不信感を取り戻す」
だの言う前に、国、法曹は司法に参加する本当の意味を理解させることをするべきだろう、と思う。
本当の意味とは何だろうか・・・。ある意味、陪審員制度は、その制度の善悪は置いておいたとして、
非常に人間臭い制度であると思う。(まぁ、アメリカでは弁護士や、検察官は陪審員向けに
ミュージカルのように大げさに身振り手振りして話しかける、一つのショウみたいなものだけどね。
だって同情させたら勝ちだからね。ちょっとした怪我でも包帯をぐるぐる巻きにして、私はこんな
善良な市民で前科も無いのに、どうしてこんな目に!?私は被害者だ!!とのたまう。)←余談(汗
人の心を感じて、人の立場になって物事を考えなさい。と、小学校の頃に母親に言われたように
人間として当たり前のことをする。それは裁判所でも一緒だ。裁判員に選ばれたら事件とは全く
無関係のはずだからね。被害者の気持ち、加害者の心情、犯行時の精神状態とかいろいろ。
自分ならどう行動するだろうか。もし自分が被害者なら加害者にどう償わせたいか。
だから、この裁判員制度で私が言いたいことは人間として当たり前のことをしましょう、ということ。
最近は物騒な事件が多いから、もう1度人間の原点に立ち返ってみるべきではないかな。
人が嫌がることはしない。人が喜ぶことをしなさい。
相手の立場になって物事を考えてみなさい。
ありがとう、おかぁちゃん・・・
保険とは [ぼやき]
静岡市清水区の女性(当時45歳)が2005年、子宮の全摘手術中に死亡したのは、適切な術式を選択しなかったことなどが原因だとして、女性の遺族が14日、手術を担当した女性医師を相手取り、約9300万円の損害賠償を求める訴訟を静岡地裁に起こした。
訴状によると、女性は05年9月12日、中絶手術を受けるため、同区の産婦人科医院に入院したが、その前処置で、子宮周辺が傷つけられたため、子宮の全摘手術を受けることになった。
ただ、手術でも適切な術式が選択されず、輸血の準備もされていないなど、原告側は「複数の過失によって大量出血がもたらされた」と主張している。
手術後、医師は自ら警察に通報し、司法解剖の結果、死因は「失血死」だったという。
提訴を受け、被告側は「訴状を見ていないのでコメントできないが、死亡事故を起こしたので、遺族にはできるだけのことはしたい」としている。
原告側代理人によると、「医師側も責任を認めている」ため、医療過誤による損失を補てんする日本医師会の「医師賠償責任保険」によって医師側に保険金が支払われ、それに基づいて遺族に補償がなされるのが通常のケースだ。
ところが、医師会側が保険適用を拒否したため、遺族に対してはこれまで何の補償もされず、「訴訟を起こさざるを得なかった」といい、今後は医師会側に対して、訴訟への参加を求めるという。
医師会側の拒否理由は、「母体保護法違反」だというが、代理人は「母体保護法の指定医ではない別の医師が手術に立ち会っていたが、指定医である女性医師と共同の医療行為なら全く問題はないはず」と批判。「患者不在の異例の決定であり、そもそも患者側が直接保険金を請求できない保険制度上の問題もある」と指摘している。
拒否理由について、医師会側は「コメントできない」としている。
(2008年2月15日 読売新聞)
今の会社では、歯医者さんの医師賠償責任保険を取り扱っている。
医療ミスがあった等でよくクレームや相談が寄せられているということで、この医師会の問題は
あながち無関係とは思えないと感じた。
上記の記事では、医師はその医療ミスを認めてはいるが、医師会側はこの問題による、医師賠償
保険の適用は免責であると述べている。母体保護法の指定医ではない医師が立ち会ったという
点が争点で、今後保険金が下りるかどうかは裁判に委ねる、ということ。
日本という国は保険大国で、人口の約90%が民間の生命保険、簡保、共済など何らかの保険に
加入している。アメリカなどと比べても、国民皆保険制度や保険料の天引き、民間の生保では保険料が
比較的低額であるなど、我々にとっては保険に入りやすいのが事実だ。
アメリカでは逆に何の保険にも加入していない無保険者は15%にものぼる。
これはどんぶりで大雑把に言うと7人に1人の割合だ。
保険は私達にとって身近なものであり、何かあったときはしっかりと補償してくれるものである、
という風に感じている。
いや、感じていた。
その理由は去年、一昨年の保険金の不払い問題だ。
何かあったときはしっかりと補償して、守ってくれると信じていた、身近であるはずの保険に
我々は裏切られたのである。
保険というものはことに複雑だ。それは損害保険でも生命保険でも同じ。
どうしてこんなに複雑怪奇、迷路のようにどこまでもゴールたどり着けず、間口が広く奥行きが
広すぎるのか?保険は万人が利用するものだからだんだんと複雑になってしまうのは仕方がない。
保険商品を扱っている、売っている人間ですら、把握することが困難なのが実情だ。
そんな小難しい保険であるからゆえ、保険金が下りるかどうかという問題は、それこそさらに
頭を悩ます問題なのだ。保険会社は保険金を払いたくない。だって損するから。
それが事実。仮に保険金を払いやすくする代わりに、保険料を引き上げるとなったとしても
今度は、そんな高い保険、誰も入らなくなってしまうからね。それこそアメリカの医療問題が
日本でも引き起こされてしまい、保険危機を招いてしまう。だから保険会社もそうそうは引き上げ
られない。
この医師会の問題は非常に結果が見えない。どう転ぶわからない。
裁判における結果を見守っていくしかないが、画期的な判決を期待したい。
被害者保護を貫いて欲しい。保険というものの本来あるべき姿を、もう一度見せて欲しい。
へそ曲がり [ぼやき]
バレンタインデー。
チョコレートの売り上げが最も伸びる日。
まったく、一体全体こんな馬鹿げたイベントを考えついたのはどこのどいつだ。
今日は彼女と会い、飯を食って、手作りのチョコレートをいただいた。
それは非常にアリがたい。嬉しいもんです。
しかし、ここで私が言いたいこの馬鹿馬鹿しいイベントは彼女がいるいないに係らず
職場、学校、アルバイトなど、様々なシチュエーションだ。
つまり、とても親しい間柄ではない大多数の人間がいるコミュニティの中での話しだ。
もう、バレンタインデーだからと言って、ジェルを2トンも使って髪形を決めるような
若々しい年頃ではない。もうおっさんだし。
まぁ、もらったらそれはそれで嬉しいんだけど。
酒が入ると人が変わる人がいる。
20代後半で綺麗な人で、結婚している。子供はいない。
その人からチョコをもらったわけだ。
しかも、帰り際に他の人の目に付かないように。
そのときの顔といったら、果たしてそんな健気な表情をこの会社で、いつ見せたことがあるのか
不思議に思ってしまうくらいの淡いキラキラした表情だった。
いつもしらふの時は機嫌の悪そうな、人を寄せ付けないオーラを発しているのに。
そんな人の、あの時の顔といったらどうだろう!!あんなにかわいい人だったのか!?
と勘違いしてもおかしくないと、誰もが言ってくれるだろうに!!
その時に、嬉しさと半分、畏怖の念を感じた。
あぁ、女の人ってコワイ・・・。って。
男はこういう表情をされると弱い生き物だと思う。(少なくとも私は・・・^^;)
こういうことで勘違いしてしまう男もいるだろうな。(もしかしたら私も・・・いやいや;)
いままでくだらないと諫言してきているが、これはこれで悪くないものかもしれない。
とも実は思った。他人の、いつもと違う側面が見えてくるチャンスもあるわけだ。
そう考えると、単なるチョコが潤滑油として人間関係をなめらかにしているということも
あながち暴論ではないと考える。ふむ。ホワイトデーが待ち遠しいよ、全く!はは・・・。
たったこれだけの、しょうもない1日のイベントの中で感じた、私のへそ曲がりな思いでした。







